いわゆるゾンビゲームにおいて私が面白いと思う所は世間一般のゲーマーさんが面白いと思う所とは違うかもしれないという話

こんにちは、ナヴェと言います。

突然ですが私はゾンビゲームが大好きです。

私のフレンドさんならば『そんなの知ってる』というかもしれませんが私はゾンビゲームが大好きです。

 

ゾンビゲームといっても様々ありますし近年ではその増加によってさらにいろんなジャンルやテーマとミックスされた新しいゾンビゲームもたくさん制作されています。

今回このブログで書こうと思うのは『私はどんなゾンビゲームが好きか』というだけの話です。

ええ、実に簡単な話です。

 

ゾンビゲームの歴史をまとめたり『ゾンビゲームとはなんぞや?』とか『ゾンビゲームとはかくあるべき!』なんてことは書きません。

あくまでも私の好きなゾンビゲームについて主観的に『ゾンビゲームにどういった要素があると私は楽しいと感じるのか』といった内容です。

その過程で特定のゲームに触れて『このゲームはこういう要素が無い(または有る)から好みではない』といった書き方をする部分も出てきます。

それは決して『だからこれはダメなゲームだ!』と断じているわけではなく『だからこれは私には合わない』『私の求めているものではない』と言っているにすぎません。

 

『私の求めるゾンビゲームとしてはつまらない』けれども『ゲームとしては完成度が高い・ゲーム性が高い』と思うゾンビゲームは多数あります。

またその逆に『私の求めるゾンビゲームとしてはとても面白い』けれども『ゲームとしての完成度は低い』というものも多いです。

『面白い・つまらない』と『ゲームとしての完成度が高い・低い』はイコールではないというのは当たり前のことですが、そのあたりご理解いただける方に読んでもらえたらなと思いながら書いています。

ですのでこのブログ記事は決して『すべてのゾンビゲームファンに向けた内容ではない』ことを最初にお断りしておきます。

 

 

1.この記事における様々なゲームジャンルの定義

※何度も書きますがこの定義は私がこのブログを書くにあたって勝手に決めたものであって皆さんに押し付けるものではありません。

世の中には様々なホラーゲームというものがあります。

いわゆる『怖さ』を売りにしたゲームですね。そしてサバイバルホラーゲームというものもあります。

かつてバイオハザード(20周年おめでとうございます)シリーズが明確に打ち出したジャンルかと記憶しています。

過去にアローンインザダークシリーズがその先駆けとして存在はしていましたがこの記事ではバイオハザードをゾンビサバイバルホラーゲームのスタート点とさせていただきます。

 

私が今回お話ししたいのは『サバイバルホラーゲーム』の中でも『ゾンビサバイバルゲーム』についてです。

ではまず簡単にジャンルを定義しておきたいと思います。

・ホラーゲーム:『怖さ』を主幹に置いたゲームの総称。サバイバルホラー、ゾンビゲーム、ゾンビサバイバルなど今回取り扱う全てを内包するゲームジャンル。

・サバイバルホラー:閉所空間などプレーヤーに『怖さ』を感じさせる状況を与え、その中で障害となる敵(ゾンビ、モンスター、ゴーストなど)を排除もしくは避けながら生き延びることを目的としたゲームジャンル。プレーヤーが能動的にゲームに関わることが必要とされることが多い。

・ゾンビゲーム:ゾンビが登場するものなら全てが該当するといえる幅広いジャンル。ホラーゲームである必要さえない場合もあるため必ずしも『怖さ』を追求しているとは限らない。

・ゾンビサバイバル:敵をゾンビに限定したサバイバルホラー。ゾンビの延長線上にある生体兵器が含まれることも多い。

このようにいくつかまとめましたがこのジャンル分けは全て『テーマによるジャンル分け』であって『システム的なジャンル分けではないというところがポイントになります。

つまりこの場合ホラーやサバイバルやゾンビという言葉自体はシステムを内包しているわけではありませんからアクションホラー、ホラーアドベンチャー、ゾンビシューター、ゾンビストラテジーなどシステム的なジャンル分けと合わさることで初めてそのゲームのジャンルが確立するわけです。

私にとっては『ゾンビ』のいる世界で『サバイバル』する『ゲーム』であることが大事であってそのゲームスタイルに関しては特にこだわりがありませんのでどんなものでもまずは試してみるようにしています。

 

 

2.私にとってゾンビサバイバルゲームに必要な要素

私はゾンビ映画もドラマも漫画も小説も好きです。有名な作品全てを体験しているとは言いませんが、そこそこには楽しんできたと思っています。そうしてきた中で『私にとってのゾンビサバイバルゲームに必要な要素』がいくつか出てきましたのでここで整理しておきたいと思います。

2-1 ゾンビはもともと一般の人間である

何を当たり前のことを、とお思いかもしれませんがここがあやふやなゾンビゲームは結構多いのです。

私にとってのゾンビの定義は、一般人が死亡した後になんらかの外的要因によって凶暴性と終わることのない食欲(特に人間を好む)を備えて蘇った意思疎通のかなわないイキモノ、というものです。

ですのでゾンビサバイバルゲームに登場するゾンビは人間であったときの個性を残していて欲しいのです。

それは外見的なものでも行動によるものでも構いません。

それぞれが1人の人間として個性豊かに生きていたんだな、と思わせて欲しいのです。

 

ですがこれはなかなかゲームの世界においては重要視されていないようでして、ゾンビは無個性な郡体として描かれることが多いです。

似たような顔つきと使いまわしの服装&手足パーツ…ゾンビの物量的な怖さを表現するためにはある程度仕方ないのかもしれませんが私にとって『ゾンビの個性』は非常に重要なことなのです。

ゾンビ映画などだと仲間の1人がゾンビ化して襲ってくる、または馴染みのお店の店員さんがゾンビ化している、なんてのは多いですよね。

やはりそういう『もとは人間だったのに…』という感覚をゾンビサバイバルゲームにももっと持ち込んで欲しいのです。

もちろんゲームですからそこは容赦なく殺してしまえるのかもしれません。

でも一瞬でも『元は人間だった』という感覚をプレーヤーの頭の中にイメージさせることはゾンビサバイバルゲームにおいて大切なことだと思うのです。

 

2-2 主人公もゾンビ化の危険があり永久死(パーマデス、キャラロスト)する

映画、漫画に限らずゲームでも良くあることなのですが(特にゲームに多い気がします)『なぜか主人公&仲間はゾンビ感染への耐性を持っている』ことが多いです。

また耐性を持っている設定はないにしろ死亡してもなぜかセーブポイントから何事もなかったかのように復活可能、というゲームがほとんど。

これではゾンビサバイバルゲームとしての緊張感がそがれてしまうというのが私の考えです。

もちろん『現実世界のリアルをうまくアレンジしてゲームの中でのリアル感に置き換える』ことが大事、というのはわかります。あくまでもゲームとしての面白さととっつき易さを優先して『リスポン(復活)可能』なのもわかります。

ですが『ゲーム的な面白さと適度なリアル感を残しながらもゾンビ感染と永久死への恐怖を取り入れたゲーム』があってもいいはずです。(実際部分的にそういった要素を持つゾンビゲームは存在します)私はそういうゾンビサバイバルゲームが好きなのです。

 

2-3 その世界に自分以外にも人間が生きていると実感できる要素があること

どんな形でもいいですから『その世界にはまだ自分の他にも人間が生きてる』という『希望』を強く感じさせてくれる要素がゲーム内に見え隠れすることは私にとっては大事です。

『希望』なしにはゲームとはいえ『生き延びよう』というモチベーションが保ちにくいのです。

『生き延びよう』という意識が持てず、適当に破れかぶれなプレイをプレーヤーに許してしまうようでは私の求めるゾンビサバイバルゲームというものとはかけ離れてしまいます。

『なんとかこの窮地を脱して生き延びなければ、○○までたどり着けば他の生存者たちの協力を得ることができる。』こういったイメージが持てるとプレーヤーは自然と慎重なプレイをするものではないかと思うのです。

それこそがゾンビサバイバルゲームとしてのゲーム性なのではないのかと私は感じています。

 

2-4 ゾンビがただの障害物ではなく脅威として存在していること

ゾンビの恐ろしさを表現するものの一つに『数の多さ』を挙げる人も多いかと思います。

これは非常にわかりやすい恐怖の一つの形だと思います。

ゾンビの群れの怖さとはちょっと違うかもしれませんがトライポフォビア(集合体恐怖症)というものがあります。

これは『同じような形状のものがぎっしりと集まっている様子に恐怖を感じる』症状のことです。

代表的なものはイチゴのつぶつぶのアップ画像が生理的に怖いとか一昔前に話題になった蓮コラ(検索しないことをおすすめします)などですがこれも根本的なところではつながっているのではないかと私は思っています。

ゾンビは人のようで人にあらずただそこにたたずんでいるといった表現をされることが多く、それが無数に存在しあたかも巨大な集合体のように見えるとき(まるでアリやハチの巨大な群れのよう)人は本能的に恐怖を感じるのではないでしょうか。

そういった恐怖を演出するために『数の多さでプレーヤーを圧倒し絶望感を味あわせる』といった表現をするゾンビゲームは非常に多いですし、それ自体は問題はないというか私も絶望と恐怖を感じます。

ですがその大量のゾンビを簡単に駆逐できてしまうゲームが多いように思います。

群れとしての怖さも『比較的簡単に脱出できる』『銃を乱射、爆発物を使えば駆逐可能』では巨大な集合体である群れがジリジリと迫ってくる恐怖を味わえないのではないかというのが私の意見です。

もちろん『数で圧倒するタイプのゾンビゲーム』は『ゾンビサバイバルゲーム』というより『ゾンビを大量に倒すことによりカタルシスを得られるゾンビキルアクションゲーム』といった作りのものが多いですから仕方ないことではありますが。

ゾンビの数でプレーヤーを圧倒しつつジリジリとプレーヤーを追い詰めていくような恐怖感を味わえるゾンビゲームというのはなかなかないですね。

ちなみにアナログゲーム(ボードゲーム)だとこの感覚に近いゲームがあります。パンデミックという協力ゲームでプレーヤーは世界地図上に蔓延していく様々な病原体の感染を食い止めるのが目的です。病原体の広がり方はまさにゾンビのようですよ。

 

 

2-5 ゲーム内の資源が有限であること

ゾンビを大量にキルすることが目的のゲームには当てはまりませんが私の求めるゾンビサバイバルゲームにおいては資源は有限であって欲しいと思います。

食料や武器・弾薬が手に入りやすすぎるとゾンビを倒すことが目的になってしまい、ギリギリの世界で生き延びているという感覚が薄まってしまうと思うのです。

また武器には耐久度設定がされているものが望ましいです。

 

 

2-6 オンライン要素があるなら非同期タイプが好ましい

オンラインのオープンワールドで対人プレイ込みのゾンビサバイバルゲームというスタイルのものも多数あります。

ここは非常に好みの分かれるところかと思いますがゾンビサバイバルゲームにおいては他のプレーヤーに出会いたくは無いと私は思っています。

2-3で触れたことと相反するように感じるかもしれませんが『他の人間の存在を感じることでゲーム内の希望を持てる』ということと『他のプレーヤーと対立したり一緒に冒険したい』ということは私の中でイコールではありません。

オンライン協力プレイは面白いです、面白すぎるのです。

協力して強大な敵を倒す、大量のゾンビ発生のウェーブを切り抜ける、といったタイプのゲームならオンライン協力プレイは向いていると思いますが私の求めるゾンビサバイバルゲームにはその要素は必要ありません。

『他にも自分と同じように頑張って生き延びている人がいる(いるように思える)』と感じられることこそが重要なのです。

ですのでもしもオンライン要素を取り入れるのであればプレーヤーキャラ同士が出会うようなことはなくマップ上のあちこちにメッセージだけ残せるとかオンライン上の他のプレーヤーがゾンビに襲われて死んでしまったらそのプレーヤーキャラがゾンビ化して襲ってくるとかそういった直接的で無い形が嬉しいなと思うのです。

 

ここまでのことをまとめますと…私のやりたいゾンビサバイバルゲームとは『プレーヤーキャラは死んだらロスト、最初からやり直すか別キャラに切り替わって物資回収に向かう必要あり。その世界にはどこかにまだ人類のコミュニティが残っているらしき痕跡があるが基本的にソロプレイ。もちろん限りある資源を活用しながら生き延びる必要あり。最終目的地は何かしら設定されている。敵となるゾンビたちは見た目にも行動的にも生前の姿を思い起こさせるようなゲーム内のリアリティを追求。一対一ならともかく複数に囲まれたらまずゲームオーバーを覚悟しないといけない難易度。』であるということになります。

しかし自分で書いていて『こんなのやる人いないよな』と思ったのも事実。

ゲームとはいえなぜそこまで辛い思いをしないといけないのかと。

でも私はストレスを抱えながらもプレイし続けると思います。

ゾンビに襲われるかもしれないという恐怖、そして資源を手に入れるには危険をおかさないといけないというジレンマ。

1回のミスが死に直結するシステム。

緊張感と興奮を超えた先にある『生き延びてやった!』という達成感こそが私がゾンビサバイバルゲームに求めるものなのです。

同意は得られなくて構いません。ゾンビを倒しまくるゲームももちろん好きです。

でもそれは前にも書いた通りゾンビを殺すゲームではあってもゾンビ世界でサバイバルするゲームではないのです。少なくとも私にとっては。

 

 

3.敵がゾンビである必要性とは

『ゾンビもの』というのはゲームのシステムではなくゲームのテーマであると最初の方に書きました。

これはつまり『ゾンビテーマでなくても成立する既存のゾンビゲームが存在する』ということになるのではないでしょうか。

というかほとんどのゾンビゲームは敵がゾンビでなくても成り立ちます。

ものすごくつまらないロマンのない話になりますが賛同いただける方多いのではないでしょうか。

頭の中に浮かぶゾンビゲームが幾つかあると思います。

敵として出てくるゾンビを何かしらのモンスターや宇宙人のようなものに置き換えてみてください。

ゲームとしては成り立つと思います。(おもしろいかどうかは別問題として)

なぜならそのゲームにおいてゾンビはただの障害物でしかないからです。

では、ゲームにおいてゾンビが敵として存在する意味とはなんでしょう。

 

前の方でも書いた内容とかぶっていしまいますが私にとって『ゾンビをゾンビたらしめているであろう要素』こそがゾンビが敵として登場する意味であろうと思っています。

映画などでのゾンビの基本的な定義は…

1.死んだ人間がなんらかの影響によって蘇り人間を襲い喰らうイキモノ、仲間を増やすことができる

2.倒すには脳を破壊する必要がある

3.ゾンビに噛まれたり、体液の接触により感染する

といった感じでしょうか。

やはりこれら最低限の要素は全て入っていてほしいと思います。しかし、ゾンビゲームにおいては1しか重要視されていない気がします。

2は頭以外でもある程度のダメージを与えれば倒せるゲームがほとんど。もちろん頭を狙うことでクリティカル攻撃となり一撃で倒すことができるというゲームは多いですが『ゾンビは脳を破壊しないと倒せない』という前提から考えるとちょっと違うように思います。まさにゲーム的なアレンジが施されていますね。

3に関してはきちんと再現されているゲームはほとんど無いと言ってしまってもいいのでは無いでしょうか。ゾンビからダメージを受けても薬草や消毒スプレー、はてはオレンジジュースを飲めば回復する…そんなゲームが主流です。

もちろんこれも2と同じく『ゲームとして成立させるためのアレンジ』なのでしょう。しかし『ゾンビに噛まれてもHPが減るだけ』では何か納得がいかない気持ちもあります。

もちろんそれぞれのゲームでも様々ないいわけを用意してこれに対応はしています。

『抗ゾンビワクチンの存在』や『なぜか主人公たちはもともと抗体を持っている』などなど。

でも『噛まれたらゾンビになる』をゲーム性に合わないと判断して最初から削ってしまうゲームの方が多いように思います。これはゾンビをキルすることが目的のアクションゲームに多いですね。

結局のところゾンビは『もう死んでいるから殺しても罪の意識を感じない、ただの的』でしか無いのです。

ただ物量的な怖さの表現に向いているのとゾンビは(基本的には)近接攻撃しかしてこないため、プレーヤーとの距離が近くなり独特の迫力を出すことが出来るからゲームによく用いられるのでしょう。

 

 

4.ゾンビは本来ゲーム向きのテーマでは無い

※ここからは特定のゲームの名前を出して批判的な意見を書くことになります。そのゲームのファンの方にとってはあまり気持ちのいいものではないと思いますがあくまでも『私の考えるゾンビサバイバルゲームとしては』ということであってゲーム自体を否定するものではありません。

実は本来の意味での『ゾンビ』はゲームに向いていないテーマなのでは無いかと思っています。

これだけ世の中に『ゾンビと戦うゲーム』は多いのに『映画や小説で一般的なゾンビものの要素がかなり削られている』のがそれを表しているのでは無いでしょうか。

確かにアクション性と爽快さを追求するには邪魔になる要素だと思います。

LEFT4DEADシリーズに『ヘッドショットのみ有効、一度でも噛まれたら終わり』なんてルールがあったら爽快さとテンポの良さが台無しになります。

デッドライジングのような大量のゾンビを強力な武器でなぎ倒していくゲームにも向いていないでしょう。

前項でもあるようにゾンビは非常に使いやすい敵キャラです。魅力的なテーマではありますし固定ファンも多いので一定の集客が見込めるでしょう。でもそれだけの理由でゾンビを敵キャラとして採用しているとしたらあまりにも短絡的でクリエィティビティの欠片もない考え方ではないでしょうか。

本来『ゾンビ』はゲームに向いていないものだったのです。

しかしバイオハザードの大ヒットによりゾンビは一気にメジャーシーンへと躍り出ました。

しかも厄介なことにバイオハザードの世界のゾンビはいわゆる映画世界などの『ゾンビ』をゲーム用にアレンジして登場させています。

何度も例を挙げますが攻撃を受けても致命傷にならずハーブで治療できるとか、そういうゲーム的ないい意味での嘘を定番化させてしまいました。

バイオハザードにおいてのゾンビのアレンジは考え抜かれた末のものだと思います。あくまでもゾンビとしての怖さとゲームとしての楽しさを両立させるための『バイオハザード世界におけるゾンビ』なのです。

しかし後続のゲームの多くはこの『バイオハザード世界におけるゾンビ=ゾンビ』としてしまいました。

ゲーム内のゾンビはただただ無限に襲ってくるだけで、頭を吹っ飛ばされ、腕をもがれ、せいぜいプレーヤーを一時的にゲームオーバーにするぐらいしかできない中途半端な存在に成り下がってしまったのです。

そこに本来ゾンビに対し生者が持っていたはずの恐怖や故人への哀悼の気持ちなどはなく、いつの間にかゾンビは気軽に殺せる便利な敵キャラでしかなくなったのです。

バイオハザードは偉大なるマイルストーン的なゾンビゲームではありますが偉大すぎるがゆえにその後のゾンビゲームすべてを(私の考える上では)間違った方向に進ませてしまったと思っています。

もちろんバイオハザードの成功があったからこそ私たちは多種多様なゾンビゲームを楽しめているのも事実です。しかし、バイオハザードに影響を受けたゲームの多くがゾンビを便利な敵キャラとして用いてしまったことは残念でもあります。

 

5.私の好きなゾンビゲーム

だんだんと考えがまとまらなくなってきたのでここで一度話を変えましょう。

『さんざん文句を言っているけど結局お前はどんなゾンビゲームが好きなんだよ?』とお思いの方もいるかもしれません。ですのでこの場を使って数作紹介しようと思います。

 

ZOMBIE U(WiiU 2012年)

現在ではZOMBIEという非常に潔い名前でXbox One,PS4にも移植されているこのゲーム。

はっきりいってこれを超えるゾンビ体験のできるゲームは今後もそうそう出てこないのではないかと思っています。

私がゾンビサバイバルゲームに求める要素から見てみると…

・ゾンビはもともと一般の人間である…○外見の差も様々、特に英国の近衛兵のゾンビが有名。

・主人公もゾンビ化の危険があり永久死(パーマデス、キャラロスト)する…◎死亡すると別のキャラクターとしてゲームを引き継ぐことになる。その時点で死亡したキャラが持っていたアイテムはゾンビ化した元プレーヤーキャラが持っているのでそこまで行って倒して奪う必要がある。またハードモードでは一度でも死んだら完全にゲームオーバーになり最初からやり直しになる。

・その世界に自分以外にも人間が生きていると実感できる要素があること…○明確な脱出ポイントが示されている。

・ゾンビがただの障害物ではなく脅威として存在していること…△このゲームのゾンビは強い。クリケットバットで2.3回殴ったくらいでは死なないこともある。ただ必ずしも頭をつぶさなくても良いし銃を手に入れてからはかなり倒しやすくなる。

・ゲーム内の資源が有限であること…○物資のリスポーンはない。が、カツカツというほどでもない。

・オンライン要素があるなら非同期タイプが好ましい…◎フレンドがゲーム内で死亡すると自分のゲームの中にゾンビとして出てくる。そのゾンビを倒すと装備やアイテムが手に入る。

はっきりいってなぜ任天堂のハードでここまでの本格的なゾンビゲームを発売したのか?と思うほどに本当に怖いゾンビゲームだと思います。英国が舞台ということもあってどこか湿ったようなもの悲しい世界の中をただ一人謎の声の指示に従って脱出方法を探るのです。はっきり言ってゲームとしてはお使い要素が多いのでそれほど洗練されているとはいいませんが、ゾンビゲームとしては最高です。

絶望感を味わいたいならぜひプレイしていただきたい作品ですね。また本家WiiU版は『WiiUのゲームパッドを最大限生かしたゲームシステム』を採用していますので可能ならばWiiU版を遊んでいただきたいです。システムとゾンビものならではのテーマががっちりと組み合わさった名作ゾンビサバイバルゲームだと思います。

 

State Of Decay(Xbox360,Steam 2013年)

当初は海外のXBLAかおま国状態のSteamでアレコレして手に入れるしかなかったこのゲーム。現在ではXbox One,PS4,Steamで手に入れやすくなりました。(相変わらず国内版発売はありませんが)

Zombie Uが孤独な闘いを強いられたのに対しState Of Decayではコミュニティーを維持していく要素があります。

ですので恐怖感という点からみるとZombie Uにはかないませんが『ゾンビのいる世界でオレは生き抜いているんだ!』という感覚はこちらのほうが圧倒的に強いと思います。

・ゾンビはもともと一般の人間である…△いろいろなゾンビがいるがパーツの使いまわし感は強い。

・主人公もゾンビ化の危険があり永久死(パーマデス、キャラロスト)する…◎死亡すると別のキャラクターを選んでゲームを進める。このゲームはキャラクターの成長要素やスキル習得の要素があるが死んだら終わり。メインで使っていたキャラが死んでしまった時の絶望感といったらありません…。また疲労や精神的なうつ状態の表現もあるのでキャラクターの身体的精神的な管理も必要になる。

・その世界に自分以外にも人間が生きていると実感できる要素があること…○ゲーム中に生存者を発見して仲間にし信頼を受けることによってプレーヤーキャラとして使えるようになる。また軍隊も活動をしていて脱出ポイントが示されるようになる。

・ゾンビがただの障害物ではなく脅威として存在していること…△このゲームにおいてゾンビ一体一体は大した脅威ではない。また各キャラがスキルを身に付けられることで戦闘自体は楽な部類。だが定期的に群れが発生しエリアを縦断していくので放置すると危険度が増す。

・ゲーム内の資源が有限であること…△物資のリスポーンあり。ただしその感覚は長め。空き家を探索することで物資を確保、また拠点に畑を作ったりできる。

・オンライン要素があるなら非同期タイプが好ましい…×オンライン要素は無し。2017年に発売予定の2ではオンラインCOOPを搭載とのこと。

ゾンビの発生した世界で見ず知らずの人間と協力していきぬかなければいけないという映画ではよくあるようなシチュエーションを見事に再現したゾンビサバイバルゲームだと思います。拠点の発展、アイテムのクラフトなど箱庭ゲームならではの良さとゾンビアポカリプスの世界観が見事にマッチングした良作です。全編英語ではありますがPC版は有志の方によって日本語化されていますのでチャレンジする価値はあると思います。

 

6.最後に

色々言ってきましたが私はバイオハザードもLEFT4DEADもデッドライジングも楽しんできました。ゾンビの頭を吹っ飛ばすのは爽快ですし、そこに哀悼の気持ちなどはないのです。

好きなゲームの一つにDead Islandという南の島のリゾートでゾンビハザードに巻き込まれるゲームがあります。このゲームは私が挙げたゾンビサバイバルゲームに必要な要素をほとんど持っていません。ですが私はある一点においてこのゲームがとても好きなのです。

それは『生活感があふれる世界でゾンビと戯れることができる』ことなのです。このゲームのゾンビは使いまわしもありますが衣類や風貌などかなり様々に描き分けられています。またリゾートの雰囲気もいかにもといった感じですし生存者の良くも悪くもわがままなところなどゲーム的なリアリティに溢れています。常夏の島の白い太陽と白い砂浜、青い空と青い海。そして真っ赤な血。最高のロケーションです。

このゲームは私がいままでさんざん語ってきたゾンビサバイバルゲームには当てはまりませんが愛すべきゾンビゲームです。私はゾンビゲームにも日常を求めているのかもしれません。人間が生活していた痕跡、それこそがゾンビとのコントラストを生むのでしょう。今私が生きているこの世界、その延長線上にあるゾンビワールド…それをゲームの中に見ているのでしょうか。Zombie UもState Of Decayも日常の延長にある世界を感じさせてくれるゲームです。

たまに聞かれるのですが『そんなにゾンビが好きならゾンビのいる世界に行ってみたいんじゃないの?それともゾンビになってみたい?』と。ふざけないでください、私はそんな世界で生きたくはありません。そんな世界に私が耐えられるはずがありません。あくまでゲーム(映画、漫画)だからこそその体験を楽しむことができているのです。ゲームだからこそちょっとした殺人(ゾンビ)の罪悪感と哀愁を感じながらも遠慮なく鉄パイプをやつらの頭に振り下ろすことができるのです。

私はゾンビゲームが好きです。これからもずっとゾンビゲームを遊んでいくと思います。そこに自分自身を投影しながら。